18 May, 2007

人の呼び方、話し方

たまにはマジメに、こんなネタ。

人の呼び方がとても大きな意味を持つ、というのは日本のとても面白い文化のひとつだと思う。フォーマルな場や初対面で迷うことはないが、特に比較的近い関係の人たち、先輩後輩や友達同士でどう呼び合うか。さんや君をつけるか呼び捨てか、苗字かファーストネームか、呼び方ひとつで呼び合う本人たちも周りも、受ける印象がガラっと変わるし、時には呼び方を変えたことで実際に関係が一変することだってある。アジアはともかく、友達を苗字で呼んだら、おそらく気持ち悪がられる欧米諸国には存在しない感覚だろう。でもこの日本の文化、そして敬称が山ほどある日本語は、面倒くさい部分もあるけれど、僕はとても好きだし、味があっていいと思っている。特有の尊敬語、謙譲語という文化も大事にしたいし、日本人なら適切な場面で正しく使いたいと思う。

ただ今考えれば、日本では人と接する時に言葉に頼って、何となく言葉使いに気をつかうだけで安心してしまっていた。でもこの頃、二人称が1つか2つしかない言葉を聴いて、先輩後輩の概念さえあまりない環境にいると、逆に相手がどんな人であれ、どんな言葉や呼び方を使おうが、常に敬意を持って接することの大切さを強く感じる。

個人的には、日本語であっても少々の歳の違いや学年の上下での言葉使いや呼び方にこだわりはない。本当に大切なのは、人と話し、接する際の真意、スタンスだと思う。もちろん言葉使いも態度を示すひとつの要素にはなるだろうが、あくまで表面上のものに過ぎない。人と接する時には、たとえ相手がお年寄りでも子供でも、先輩でも後輩でも、総理大臣でもホームレスでも、そして親称使おうが敬称使おうが、敬語だろうがタメ口だろうが、決して相手を軽んじることなく、かといって萎縮するでもなく、常に相手に敬意を持って話ができたり、接したりすることのできる人間でありたい。

とまあ思いはするものの、思ったからといってそうそう簡単に実行できるもんではない。どうやら滝に打たれ足りないらしい…。

1 comment:

Omukun said...

初対面の相手には常に固定観念が伴うもの。相手に敬意をもって接することは本当に大事だと思う。もっとも表面上の敬意にばかり捕らわれて、八方美人になればいいというものでもないところに、会話の難しさがあるよね。ためになる投稿をどうもありがとう。