13 August, 2007

オリンピック村の変

1972年、ミュンヘンオリンピックの際に造られた選手村。35年経った現在、多くの人々が暮らすオリンピック村(Olympiadorf)として、一大コミュニティーを築いている。その当時、世界を震撼させたブラックセプテンバーによる事件跡も、今となってはそれと記す石碑がひっそりと悲劇を伝えるのみである。そのオリンピック村の一角に、大学の学生だけが住み、日本の大学生協に当たらずとも遠からず、シュトゥデンテンヴェルク(Studentenwerk)と呼ばれる組織が管理している一角があり、なぜかその一帯はオリドルフ(Olydorf)と略して呼ばれたりする。


以上、前置き。。。普段は至って平和なそのOlydorfで、一週間前の土曜日、正確には5日の日曜日未明、ちょっとしたゴタゴタがあった。一週間も経ってしまうと緊迫感&緊張感ゼロだが、ここに2年近く暮していてこんなことは初めてだったし、一応簡単にでも記録に残しておきたい。

二千人規模のパーティーの後に酔っ払った数百人が外に出て暴走し、物を壊しまくり、放火までする事件が起きた。ボケないか心配になるほど平和なこの土地では、非常に驚くべき出来事だった。

多くの学生が住む土地柄、土曜日には毎週のように大きなパーティーがあって、夜中に酔っ払いが大声で合唱してくれるのは日常茶飯事。そりゃ酒が回ってるのは分かるけど、もうちょいまともに音取ってくれたらな~と空しい希望を抱くのもいつものこと。ただ同じ大音量でもこの日は音の種類が違った。異常な量のガラスが割れる音、金属のぶつかり合う音、そしてたまに聞こえる悲鳴。あまりにひどいので窓を開けて外を覗くと、暗闇から聞こえる異常な音に加えて異臭が鼻を突く、明らかに何かが焼けている。にわかに近づく凄まじいサイレンの音。あれよあれよという間に何台もの消防車、救急車、パトカー、護送車が暗闇の中に現れ、すごい数の警官が現れ、挙句の果てにヘリまでおいでになり。。。夜中の2時3時にバリバリいいながら強力なスポットライトで部屋の中まで照らされて、寝てられるわけもなく、なぜか必死で白旗なんか探したりする。

       群がるパトカーs。


      救急車、消防車、負傷者、野次馬。


      ギラギラ視線を注ぐヘリ、目が合うと、かなり焦る。

あくる日のニュースによれば、無人だったものの放火によってバンガローの2部屋が全焼、警官150名が動員されて一時は百人単位で若者が身柄を拘束され、結局10名が逮捕、けが人は結構出たものの、みんな幸い比較的軽傷で済んだらしい。もちろん新聞沙汰にはなったが、あの無茶苦茶な音からしたら、被害は案外少なかったと思う。この一帯には友達も顔見知りも多い、ともかく死傷者が出なくてよかった。一週間経った今、何事も無かったかのように長閑なOlydorf。平和が取り得のミュンヘン、油断は禁物だが、今後もボケるほどに平和であることを願って止まない。