28 September, 2007

外国語

久しぶりにコトバな話題。

この国に来てからというもの、ドイツ語を学ぶ場では、いわゆるインド・ヨーロッパ語族の言語を母国語とする人をつくづく羨ましく思ってきた。単語の多くが似ている英語でもそうだが、特に性や格変化を持つ言語を体得している人達は、上達の速度がまるで違う。ありゃズルい、日本人には難しいんだ、なんてよく思うけれど、それが所詮言い訳でしかないことは、ドイツ語を自由に使いこなす日本人が大勢おられることを考えれば火を見るよりも明らか。

事をネガティブに見るのはやめにして、日本語ができる人の有利な点を考えてみると、意外にこれが多いことに気づく。

この頃は小学校から英語の授業があるらしいし、この頃は日本社会でもより英語が重要視されて来てるから、外国語スキルの必要性が強いというだけで、言葉の面では英語を母国語とする人に比べると有利だ。確かに日本人にとって、体系が全く異なるヨーロッパの言語を習得するのは一筋縄ではいかないけれど、読み書きまで考えれば、恐らく欧米人が日本語を習得するよりは苦労が少ないだろう。ニーズの問題はあるけれど、実際英語やドイツ語、フランス語に堪能な日本人にはお会いしても、日本語をノンネイティブ並に使いこなす欧米人にはそう易々とお目にかかれない。

さらに日本人が外国語を学ぶ上で一歩リードできるのは、中国語、韓国語。文法がとても似ている点で韓国語は学びやすいというし、語順は違っても、発音は難しくても、漢字というものを日常的に使っている日本人は、中国語を学ぶ上では欧米人に比べても圧倒的に有利だろう。

まあこうして見れば、外国語を学ぶ上で、とても恵まれている日本人に生まれて、外国語を勉強しない手はない。ということになる。言ってねーで実践しろ~っていう神の声が聞こえるのは気のせいか。。。まあ少なくとも心構えだけでもこうありたい。要は考え方次第で、外国語の勉強においては、生まれ持った環境を言い訳にするのは意味のないことかもしれない。違う言葉が使えるようになれば、コミュニケーションのとれる人間の幅が広がって、付きあう人間の幅が広がれば、自然と世界も広がる。これが同じ言語でもC言語やJavaにはない魅力。やっぱり言葉は面白い。

そして違う言葉を知れば知るほど、今まで一番慣れ親しんできた言葉の素晴らしさ、面白さに気付くというのも事実。歌詩を聴いたり、本を読んだりしていても、本当に日本語は美しいと思う。でも悲しいかな、美しい日本語は使いこなせてない…。