08 June, 2008

力抜く…修行中

よく、頑張ります!とか、頑張れ!とかいう。

「頑張る」の漢字は元々当て字らしいし、人々が決まり文句で使っている言葉を、漢字の意味からとやかく言うことにあんまり意味はない。まあでもあえて屁理屈こねるとすれば、何か重要なことをやろうとするときって、なにってたりしたら、力入って出来るものもできなくなる。いや、頑張ることに文句があるんじゃない。頑張るときは、力を抜いた方がいいということが言いたいだけだ。

特に感性に頼って何かしようとする時って、力抜かないと何も始まらない。音楽なんかいい例だ。ピアノ、ギター、歌(のど??)、ハーモニカ、面白いくらいどの楽器にも共通する。いい音、澄んだ音、優しい音、人を引き付け、自分でも入り込める音を出せるかどうかって、力が抜けるかどうかにかかってる。

もう少し正確なフィーリングとしては、技術がそれなりに成熟すると力抜く余裕がでてきて、常に力を抜くことができてはじめて、その時ほしい音、表現に応じた力の入れ方に集中できる。そんな感じだ。逆に言えば、力を抜くのってそう簡単にできることじゃないけれど、力さえ抜ければ誰だってかなりのいい音は出せると思う。その先はその時に持ち合わせてる魂の質やら強弱と、そいつをどれだけ音に乗せられるかの問題になる。

物理が分かる人には、ピアノやバイオリンなら弦、声なら声帯などなど、一番初めの発音場所となる振動部分に限って見ると、そこは音の大小に関らず常に単振動でなきゃいけないから、フックの法則を逸脱するような無理な力を加えちゃダメ、変な加え方もダメ!という表現の方がイメージしやすいかもしれない。ただ、これはあくまでイメージ。この世界、魅力的な音が数式で定義できるほど単純でつまらなくはないのだ。個人的には、イメージさえつかめたら音楽やるときに波動方程式は忘れといてほしいカンジ…。


力を抜くといいのはもちろん音楽だけじゃないわけで。大部分のスポーツだってそうだし、手書きで字を書くときも、抹茶立てるときも、キャベツの千切りとかパセリのみじん切りも、ハンダ付けだってそうだ。びっくりするほど多い力の抜きどころ。


日常の腹立つこと、辛いこと、大事な決断、緊張の場面、いろいろあるけど、力抜いていきましょう。さまざまな局面で一旦力を抜いてみると、余分な労力使わずに、本当の力の入れどころが見えてくる。この頃、そんなふうに思うことがある。